本記事では、「身体的に男性の方が女性ホルモンを摂取する際に起こりうる危険性」について現役医師が解説します。
この記事は、本格的に女性に性転換するために女性ホルモンの摂取を考えているMtFの方には必見の記事です。
「どういったリスクが起こりうるか」はもちろん、「リスクを最小限に抑えるための選択」も示してくれています。
執筆者:医師 飯島慶郎(いいじま よしろう)
総合内科専門医・家庭医療専門医・東洋医学会認定医・医師会認定産業医
臨床心理士・公認心理師・産業カウンセラー
統合医療 出雲いいじまクリニック 院長
ここより下が、飯島先生に執筆いただいた文章になります。
目次
心は女性、肉体は男性の性同一性障害の方が女性ホルモンを摂取する際の必読マニュアル
自身の身体性に違和感をもつ、身体性が男性の人(MTF ; Man To Femaleと呼ばれます)は、少しでも自身の身体の状態を女性的なものに近づけようとなさる場合が多いと思います。
その際の医療的なアプローチは、
- 外科的治療(去勢・性転換手術や乳房形成術)
- 内科的治療(女性ホルモン剤、抗男性ホルモン剤、性腺刺激ホルモン抑制剤)
に大別されます。
この記事では後者の中でも特にMTFの方が内科的治療を検討している場合に参考になるように、女性ホルモン剤による副作用および、それを最小化するための方策といったことについてご紹介いたします。
女性ホルモンはステロイドの一種!
まず、前提となる基礎的な知識として性ホルモン(男性ホルモン、女性ホルモン)はステロイドホルモンの一種である、ということを知っておくとよいでしょう。
ステロイドって?
いわゆるステロイドというのは、化学式上のステロイド環を持っているものの総称であり、このステロイド環をもった物質は生体内ではホルモンとして用いられ、ステロイドホルモンと呼ばれています。
ステロイドホルモンといえば、性ホルモンのほか、副腎皮質ホルモン(コルチゾール、アルドステロンなど)が代表的ですが、そのほかにもたくさんの種類があります。
また、生体内にもともと存在しているステロイドホルモン(狭義のステロイドホルモン)に類似させて創薬した、いわゆる合成ステロイド剤というものを含めれば、驚くほど多種類のものが存在しています。
これらの合成ステロイドを含めた広義のステロイドホルモンは、生体内で多種多様に作用しますが、構造が似通っているためか人為的に摂取した場合の副作用に関しては、共通のものが多くみられます。
具体的にはステロイドホルモン一般に「肝障害、血栓傾向、血圧上昇、脂質異常、血糖値異常」といった副作用を持っていると考えてください。
女性ホルモン濃度上昇および男性ホルモン濃度減退による特有の副作用
また、一般に医療関係者以外の方の「ステロイド」という言葉に対するイメージの代名詞は「副作用」や「危険」というものではないかと思います。
皮膚の外用剤としてのステロイド剤、および喘息治療の吸入薬としてのステロイド剤の二つに関しては、例外的に極めて安全性が高いのですが、やはりそれ以外の使用方法(内服や注射等)の場合、ステロイド剤の副作用は現実に対処が必要な問題です。
この記事のテーマである「MTFの方の身体的特徴を女性化するための使用」の場合には特に細心の注意が必要です。
なぜならMTFの方の体の中にはもともと男性ホルモンが豊富に存在していますから、その内因性の男性ホルモンを抑え込み、かつさらに女性ホルモンの効果を発揮させるためには、生理的に不自然なほどの大量の女性ホルモンの投与が必要となるからです。
そのため、副作用対策を行わずに必要量の女性ホルモンを使用すれば、
肝障害、血栓傾向、血圧上昇、脂質異常、血糖値異常といったステロイドホルモン共通の副作用が高率で生じることが予想されます。
さらに、女性ホルモン濃度上昇により乳癌リスクも上昇するほか、男性ホルモンが低下することに由来する抑うつ症状、ホルモン系の撹乱の影響から高プロラクチン血症(ある種の脳腫瘍を誘発する可能性を指摘されています)などのリスクも上昇するといわれています。
MTFが女性ホルモンを投薬する際、一番注意が必要な副作用は「血栓傾向」 最悪死の危険性も
ここまで挙げてきた副作用の中で、もっとも注意が必要なのは血栓傾向(体内で血栓ができやすくなる)です。
最悪の場合には、深部静脈血栓症→肺塞栓症(エコノミークラス症候群として知られます)などを介して、突然に命を失うような結果もあり得ます。
また女性ホルモンの大量摂取により、不可逆的な男性不妊症(精子ができなくなる)を発症しますから、「試しに使ってみる」というようなものではないということを十分に理解しておく必要があります。
ですから個人輸入等を利用して、自ら女性ホルモン剤を調達して服用する、というようなことは決してお勧めできることではありません。そうした薬剤を処方することに慣れた医師の管理の下で、定期的な副作用のチェックを受けながら使用することが、いわば必須であるわけです。
※編集部より補足ですが、日本では医師による処方箋なく医療薬を個人輸入する行為はそもそも違法行為になります。(※編集部注)
経験のある医師の管理下であれば、こうした副作用を最小化するような最適な管理を受けることができるでしょう。おそらく下記のようなガイドラインを参考に治療してくれるはずです。
米国Endocrine Societyのガイドライン
Hembree WC,Cohen-Kettenis P,Delemarrevan de Waal HA,et al:Endocrine treatment of transsexual persons ; an Endocrine Society clinical practice guideline.J Clin Endocrinol Metab 94 : 3122-3154,2009
日本精神神経学会のガイドライン
「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第4版)」.精神経誌114:1250-1266,2012.
筆者は今回これらのガイドラインを参考に、最も副作用の少なく、治療法として理想的と思われるものを抜粋してまとめてみました。
MTFが比較的安全に女性ホルモンを摂取するには?
・投与するホルモン剤はエストラジオール(内因性の女性ホルモンと同一のもの)がよい、それ以外の女性ホルモン剤(結合型エストロゲン、エチニル・エストラジオールなど)を選ぶべきではない。
→エストラジオール以外の女性ホルモン剤を使用した場合には、血栓症のリスクが「より」高いということが明らかになっています。また、エストラジオールに関しては血中濃度の測定法が確立しているため、それをもとに微調整することで必要最小量の投与に抑えることができます。それが結果的に副作用リスクを減らすことにつながるはずです。
・乳房増大を狙ってプロゲステロン製剤(エストロゲンとは別系統の女性ホルモン剤)を併用すべきではない。
→プロゲスチン(黄体ホルモン)製剤の併用は短期的には乳房腫大を加速しますが、長期的にはエストロゲン製剤単剤投与に対して上乗せ効果がなく、脂質代謝を悪化させるほか、肝障害の懸念も増します。
・投与方法は内服よりも経皮投与(貼付剤)や注射を選ぶべきである。
→内服から貼付剤に変更したところ,副作用の発生率が有意に低下したという報告があります。内服という消化管を介した吸収の場合、まず、肝臓を通過して代謝を受けるため(初回通過効果)、肝障害のリスクが高まったり、女性ホルモンの投与量自体を多く設定する必要があったりするためと考えられます。
・性転換手術または睾丸摘除を併用すべきである。
→内因性の男性ホルモン分泌の大部分を無くすことにより、女性ホルモン剤の必要量を大きく減らし、安全性を大きく高めることができます。
・抗男性ホルモン剤を併用すべきである。
→抗男性ホルモン剤の併用によりさらに女性ホルモン剤の必要量を減らし,結果的に副作用の発生率を下げることができます。
・内因性の男性ホルモン値および血中の女性ホルモンの値を測定し、必要最小限の投与量を個別に探るべきである。
→治療中の血中女性ホルモン濃度がターゲットとする値内にあり、かつ内因性男性ホルモンが十分に抑制される、最少量の女性ホルモン剤の量を採用することによって、効果を損ねずに副作用を最小化することを狙えます。
・投与開始直後は特に頻繁に経過観察を受けるべきである。
→危険な副作用の代表である深部静脈血栓症の6割弱がホルモン療法開始後1年以内に生じているという報告があり、投与初期はとくに注意が必要だといえます。
・血栓症等のリスクが高い場合は避ける
→上記のような管理をすべて行ったとしても、もともと血栓症や肝障害のリスクが高い人の場合は危険が伴います。具体的には高度肥満、糖尿病、喫煙者、重症高血圧、狭心症や心筋梗塞の既往、 静脈血栓症・塞栓症の既往、脳卒中の既往、慢性肝炎の方にはホルモン剤の投与自体を避けるべきとされています。
以上のようなところが重要なポイントです。
治療を望まれる場合には、これらの基礎知識をもとに信頼できる医師にご相談されるとよいでしょう。
執筆者:医師 飯島慶郎(いいじま よしろう)
総合内科専門医・家庭医療専門医・東洋医学会認定医・医師会認定産業医
臨床心理士・公認心理師・産業カウンセラー
統合医療 出雲いいじまクリニック 院長
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